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東京高等裁判所 昭和34年(ラ)707号 決定 1960年7月18日

抗告人 海崎辰雄

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の趣旨並びに理由は別紙のとおりである。

抗告理由第一点について

物件所有者の異なる二つ以上の抵当権にもとずく競売申立が一括してなされた場合と雖も裁判所は必ずしもこれを分離して各抵当権毎に開始決定をなし、各別の手続によつて競売を実施しなければならぬものでないこと原決定に説示するとおりであつて、民事訴訟法第五十九条の法意は抵当権実行による競売の申立についても準用されて然るべきものと考える。ただ本件にあつては(一)海崎辰雄(抗告人)及び本間憲一郎の各所有物件に対する根抵当の被担保債権は競売申立人たる神田信用金庫と債務者レーク編物株式会社との間に成立した昭和三十年十二月十日附手形貸付及び手形割引約定書に基ずく債権極度額を百万円とするものであり、(二)倉田千恵子及び大川清之助の各所有物件に対する根抵当の被担保債権は前記同一当事者間に成立した昭和三十年十月七日附手形貸付並びに当座貸越約定にもとずく債権元本極度額二百万円であり、両者は極度額を異にする別異のものであるから、裁判所がこれら物件につき一括して競売開始決定をなすには各請求債権の額とこれに対応する各担保提供者の所有する物件の表示を各別に明記することを要すること勿論である。しかるに原決定は右債権の表示をするに当り単に「貸付元金の内として金三百万円(両者の極度額の合計額)及び右金員に対する昭和三十一年十二月十九日以降完済に至るまで日歩六銭の割合による損害金」と表示し、恰かも抵当物件のいずれについても右表示された債権の限度まで各抵当権の実行をなし得るが如き誤解を生ぜしめる嫌があつて請求債権の表示に不備あるを免れないが、一件記録にてらし請求債権の同一性を害するものとも認められないから、かかる不備は更正決定の方法により是正することを得べく、未だ原決定を取消す程の瑕疵あるものということはできない。

抗告理由第二点について

しかし本件各根抵当権設定契約には予め期限を定めなかつたが、債権者の都合により何時にても解約し得る特約附のものであることは記録編綴の根抵当設定証によつて明らかであるから、債権者たる神田信用金庫が前示手形貸付契約にもとずく履行期の到来した貸付残債権の不履行を原因として根抵当権実行による競売申立をなしこの申立にもとずいて競売をなす旨の開始決定正本が債務者及び担保提供者たる抗告人等に送達せられた以上、これによつて右特約による解除権の行使があつたものと解し得るから、ここに基本的取引契約は終了したものというべく、仮りに開始決定当時基本たる契約関係が終了していなかつたとしても開始決定に対する異議の裁判当時までにこの要件が具備されたことになるのであつて、かかる瑕疵はここに治癒され遡つて開始決定を取消す理由にならない。

抗告理由第三点について

この点に関する当裁判所の判断は原決定のそれと同一に帰するからこれをここに引用する。

よつて本件抗告を棄却すべきものとし、抗告費用は抗告人に負担させ主文のとおり決定する。

(裁判官 柳川昌勝 坂本謁夫 中村匡三)

抗告の趣旨

原決定人は之を取消す。

水戸地方裁判所土浦支部昭和三三年(ケ)第四六号不動産競売申立事件について同裁判所が昭和三三年十二月二二日為したる競売開始決定はこれを取消す右競売申立人の競売申立は之を却下する旨の御決定を求む

抗告の理由

神田信用金庫は債務者レーク物産株式会社(商号変更前はレーク編物株式会社と称した)と昭和三十年十月七日及び同年十二月十日の再度に手形貸付並びに当座貸越契約を為し、昭和三一年二月六日前記十月七日付約定に基き抗告人外一名所有の不動産に対し債権極度額金百万円期限の定めなき根抵当権設定契約を為し、次いで同年六月八日前記十二月十日付約定に基き、倉田千恵子外一名所有の不動産に対し債権極度額二百万円期限の定めなき根抵当権設定契約をなし、その当時何れも登記手続を経たが右神田信用金庫は前記約定に則り債務者レーク物産株式会社に対し昭和三一年九月三十日に金四百万円を弁済期同年十二月十八日利息日歩四銭弁済期後は日歩六銭の損害金を支払う約定にて貸付けた。然るに右神田信用金庫は右貸付金の内金五拾万円の弁済を受けたのみにて其の余の弁済は受けないので右貸付金のうち前記各根抵当権によつて担保される極度額の合計金三百万円及弁済期日の昭和三一年十二月十九日より完済に至る迄日歩六銭の割合の損害金の支払を得る為に昭和三三年十二月十九日に原裁判所に二つの根抵当権を設定した不動産全部に付き根抵当権の実行として競売申立を為し、同裁判所は同年同月二二日に右不動産に対し競売手続開始決定を為した。

仍つて抗告人は右競売開始決定には次の如き違法があるとして異議申立を為した。

第一、抵当権の実行は本来一ケの抵当権に付き一ケの手続により行うべきであるところ本件競売手続の基礎となる抵当権は前記の如く担保提供者の異る極度額金百万円同二百万円の二ケの根抵当権であるから競売手続も抵当権毎に各別に進めらるべきである。然るに債権金参百万円として債権を基準にして一ケの手続で競売申立を為し之を認容して一ケの手続で為した本件競売開始決定はその執行の方法が法令に違背する。

第二、仮に右の点が理由なしとするも根抵当は継続的な取引関係を前提として最終的な決算期に於る債権を担保するもので、その間に発生した個々の債権が弁済期になつても根抵当権の存続期間中は直ちにその実行を為し得ないものであるところ、前記の如く本件各根抵当権にはその設定契約に存続期間の定めがなくその旨登記もないのであるから、かゝる場合根抵当権設定契約を解除し基本的に契約関係を終了させて始めて根抵当権の実行も可能であると云うべきである、然るに根抵当権者神田信用金庫は設定契約を解除する事なく、存続期間中に根抵当権実行の為競売の申立を為し、原裁判所が之を認容して為した本件不動産に対する競売開始決定は違法である。

第三、以上何れの理由なしとするも前記の如く、本件根抵当権は債権極度額が金百万円及金弐百万円と定められて居るが右は債権の元本のみの極度額を定めたものでないから根抵当権に依つて担保せられる債権は元本、利息、並びに遅延損害金を合算した総額が極度額を超えない範囲に限るのであつて極度額を越えた分は担保されず従つて抵当権の実行は許容されないものである(昭和一三、二、三大参照)然るに本件不動産競売開始決定は債権元本のみで既に極度額に達しているのに、それを超過する遅延利息まで含めて認容した点に於て違法があり尚民法第三七四条の制限にも反する不当な決定である。

然るに原裁判所は

前記第一点について本件の如き二ケ以上の根抵当権が存在する場合これを実行するのに抵当権毎に各別になし従つて競売手続も別々の手続によつて進行すべきだとする主張は合理的理由に乏しい。

何故ならかく解すべき法律上の根拠がないのみならず実質的に考えても各別に競売手続を進めなければならないとすれば徒に手続の煩雑と費用の増加を来すのみで何等益するところがないからである。此の事は本件の如き担保物件の所有者が債務者以外の者である場合にも同様であると云う理由で抗告人の主張を排斥した。

然しながら競売手続は抵当権の実行であるから抵当権を基準として行はるべきである。而して本件の根抵当権は前記の如く二ケであり而も一つは債権額二百万円で倉田千恵子、大川清之助の所有不動産に対する抵当権であり、他は債権額百万円で抗告人及本間憲一郎の所有不動産に対する抵当権であり、之は全く別個の抵当権である、抵当権は不動産に対する物権であり之が実行たる競売手続も各抵当権毎に実行すべきが原則であり、債権者及債務者が同一人であるが故に之を同一手続で行うことを許容する法律上の根拠こそ何処にも存しないと云うべきである競売法及民事訴訟法中強制執行に関する規定を通じ一ケの債務名義一ケの抵当権について手続を進行すべき趣旨に規定されて居ることは争う余地がなく二ケの抵当権の実行を一ケの手続で行うと言うことは之を禁止した規定はないとしても之を許容すべき規定の存しない以上は原則に従い許容すべきでないと思料する。従つて原裁判所の判断こそ独自のものであり、失当であると信ずる。

次に前記第二点について抗告人主張の事実関係は認めたがかゝる保護を与えた趣旨でない、物上保証人が極度額の制限に藉口して利息の支払を免れ得ない筋合であり、此の意味から民法第三七四条の適用も問題とならない。従つて原裁判所が極度額を超過する遅延利息について競売開始決定を為したことは違法でなく仮に違法があつてもそれは配当の際に考慮すれば足りいまだもつて競売開始決定を取り消す事由とはなしがたいと判断して抗告人の主張を排斥した。然しながら抗告人は競売手続として抵当権の存しない債権について競売申立を為し之を許容して競売開始決定をすることの違法を攻撃するものである、根抵当権の極度額が金三百万円と定められて居る以上は利息或は他の名義の債権でも右三百万円を超過する部分については抵当権は存在しない。かゝる抵当権の存在しない債権の満足を得る為に抵当競売を開始することはその額の多少にかゝわらず手続自体違法であり許さるべきでないと解する。

極度額を超過する債権について根抵当権者が優先弁済を受け得ないことはかかる債権の部分については抵当権が不存在の結果であり之が特別の法規上の根拠によつて抵当権は存するが優先弁済が制限されて居るのではない。此の点について見解を異にし不存在の抵当権の実行の為競売手続を開始することを正当とする原裁判所の判断は誠に失当である。

仍つて原裁判所の決定を取消し抗告の趣旨掲記の如き御裁判を求めたく本件抗告申立に及ぶ次第である。

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